私はセーラームーンになれない。

80's産トランスジェンダーの備忘録

「私はセーラームーンになれない」

 

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パイパンポーンポ滑らかに〜(VIO)

 

 

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のっけからクソみたいな始まりですが私は真剣です。

以後よしなに。

 

 

 

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これを読む皆さんは雌生まれ雌育ち

雄生まれ雄育ち

 

それとも雌生まれ雄育ち、はたまたその逆でしょうか。

 

私は雄生まれ雌育ちです。

言い方が侮蔑的ですね。他意はありません。

 

 

 

 

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私が

 

「あ、私はセーラームーンになれない」

 

と気が付いたのは、私がまだ赤いランドセルとりぼん(雑誌)に憧れていた小学生の時でした。

 

 

当時私は当たり前に黒いランドセルを背負い、「〇〇クン」と呼ばれ、半ズボンを履き、髪の毛は短く、誰がどう見ても「男児」にカテゴライズされる外見を与えられた女児でした。

 

よくTVなんかでオネエタレントが昔を語る時

 

「初恋の人は男の子で〜」

 

とか

 

「ママの目を盗んでお化粧してましたぁ」

 

などと幼年期の有り様を解説したりしますが、私もご多分に漏れず、気が付いた時にはお人形遊びやおままごとが好きで、可愛いものとピンク色とお姫様が好きな男子幼稚園児でした。

 

幸か不幸か園児の頃既に周囲(の大人)から

 

「〇〇君は優しい男の子だねぇ」

 

などと有り体に言って「オカマだねぇ」をオブラートに包みきれてない感想を投げかけられていたんですが、幼児ながらに

 

「あぁ、自分はなんかしらんが様子がおかしい」

 

という認識がその頃から既にふんわりあった事を覚えています。

 

 

遊ぶのは専ら女の子。

 

不思議なもので、幼児同士、遊び相手の女子からは男子認定って意外とされないものなんですね。

 

「なんかよくわかんないけどこの子は女の子なのね」

 

と当時遊んでくれた女の子達はなんの疑問もなく男児扱いをしないで接してきてくれた様に思います。

 

むしろ周囲の大人の方が「スケコマシ」みたいな印象を抱いていたんじゃないでしょうか。

違う、そうじゃない。

 

 

 

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そんなこんなで園児の頃から立派にトランスジェンダー(?)だった私ですが、いよいよ様子がおかしいぞと思い始めたのは小学校に上がり、明確に「男女」というものが他人によって仕分けされる年代に入ってからでした。

 

たのしいたのしい悪夢の幕開けです。

 

今より遥かに性別の概念について不自由だった時代なので、当然の事ながら男児は黒のランドセル、女児は赤のランドセルを背負う事が当たり前でした。

 

私は内心「赤めっちゃ背負いたい」と思いつつ、よく分からないまま黒のランドセルを与えられ、段々ハッキリさせられていく「性別」というものに早くも悩み始めます。

 

 

 

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小学校低学年当時、女児の間で爆発的ヒットを飛ばしたのが今でもアラサー女子が大人用にマーケティングされた関連コスメやアイテムが売り出されたらついつい課金してしまうほど超絶ロングヒットを樹立し続ける、世界的にも知名度と人気の高いアニメ「美少女戦士セーラームーン」でした。

 

これまた例に漏れず私も第一話を見たその日から心を完全に奪われ、生活の全てがセラムンへの憧れに取り憑かれたと言っても過言でない程にハマり倒した事をここに明記します。

 

因みに私はヴィーナスが現れるまでは美しいロングヘアーと女を捨てない強気さとイメージカラーが赤というキャラクターも相まって、火星の子に心酔していた記憶があります。

 

いいですよね、裸足にハイヒール。

 

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火星に代わって折檻してやりたい。

 

 

 

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セラムンにハマってからというもの、益々周囲の「奴はオカマ」という認識が強くなり、私はよく分からないまま、それでも遊んでくれる女子に助けられつつ、男子からはいよいよ本格的に石を投げられる人生が加速します。

 

たまに大変ご親切にも

 

「来い!お前を男らしくしてやる!」

 

などと私の手を引いて「男らしさたるや」に関する特訓を施してくれる控えめに言わなくても死んで欲しい男子が現れたりして、今思い出しても「不幸な死を遂げてくれ〜」と願わずにはいられませんが、まぁ、そんな日々でした。

 

私はセラムンが大好きで、かっこよくて可愛くてドジでお姫様な彼女達に心底憧れを抱きましたし、何度もセラムンごっこをやったし、繰り返し本編を見ましたが、どこかで

 

「私はセーラームーンに(決して)なれない」

 

という疑いと確信を幼いながら抱いていたように思います。

 

そうです、男児はタキシード仮面になれても、セーラームーンにはなれないんです。

 

 

 

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その事が子供ながらに何となく理解したくなくとも理解せざるを得ないと思い始めた頃、私はある女の子と運命的な出会いを果たします。

 

その女の子は女の子ながら

 

黒いランドセルに憧れ

誰かを守れる肉体的な強さを求め

 

そして何より私の全てを差別する事なく受け入れてくれる、とても変わった女の子でした。

 

 

 

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私は当時女子への憧れから親にねだってピアノを習い始めました。

 

今思えば母方の祖父がそこそこ有名な会社のそこそこ偉い人で金持ちだった為、無駄に鍵盤が象牙で出来たピアノを買い与えられ練習していましたが、そんな女子になりたい憧れを抱く私を差し置いてその変わった女の子は

「強くなりたい」

というどこかの戦闘民族の様な誇り高い思想を持っていて、ある日突然

 

「空手を習おう」

 

と、全くマジで1つも空手なんぞに興味のなかった私を巻き込んで空手教室へ無理矢理私を連れていき、結局2人で空手教室へ通う事になったのでした。

 

(因みに結局彼女は茶帯、私は緑帯に昇進するまでやりました)

 

 

 

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彼女の名誉(?)の為に注釈すると、彼女はストレート(異性愛)の女性でしたし、「強くなりたい」とは言うものの、決してGID(性同一性障害)的なソレとは全く別種の

「男になりたい(or憧れ)」

カテゴリに属する人でした。

 

 

小学生当時はまだほんのりと「男に対する憧れ」で済んでいましたが、成長するに従い彼女は自分の「女」という性のややこしさ、不遇さみたいなものと葛藤していく様になります。

 

それは、私がもし女として生まれていたら思春期の頃「女はこうであるべき」という社会からの抑圧や決めつけに悩んだかもしれない、という事を想像するに容易い現象です。

 

私としては不幸にも、私に生理が来る日は訪れませんでしたが、初潮を迎えるという事の衝撃や、その時点で強く「女」を意識させられ、「女」への成長を余儀なくされるというのは、全女子とは言わずとも、一部の女性にとっては大変辛い瞬間であったのではないかと思います。

 

因みに私は汚い話、初潮の代わりに精通がやって来て死ぬほど死んだ想いを体験しました。

 

 

 

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長くなりましたが、ブログタイトルの

 

「私はセーラームーンになれない」

 

とはそんな様な由来があります。

 

私は決して───

 

決して、クィーンセレニティ(月野うさぎは月の王国の王女という設定です)になれない。

 

それをなんとはなしにやんわり、しかしガツンと幼い私に棒で殴って実感させてきた経験を集約した体験を文章化したものが、タイトルのそれです。

 

セーラームーンに決してなれない私がその後歩んだ道がどんなものだったのか、そして私は本当にセーラームーンになれない、また、なれなかったのか───

 

それらをたまに思い出しては書き殴っていくスタンスを取っていったりいかなかったりすると思うので、セラムンに憧れた人も憧れなかった人も

強く「なにかになりたい」と願い、願いが叶わなかった人も

 

また、願った結果、叶った人も

 

読んで「ふーーーーーん」と思ってくれればそれで私は満足です。

 

 

以上です。